子犬がころころ笑ってる。 わんわん。わんわん。無邪気に可愛く笑ってる。 愛らしい瞳を輝かせ、人懐っこい仕草を惜しげもなく振り撒いて。 遊んで。遊んで。無邪気に可愛く笑ってる。 子犬がころころ笑ってる。 牙は赤く濡れていた。 「いつきぃーお仕事ちょうだいっ。ひまなのよ。」 少女が一人抗議する。 朱色のドレスに身を包み、黒バラの装飾を揺らしながら、椅子に座って裸足の足をパタパタと動かしていた。 のぞく肌は透き通るように白く、手足は年相応よりも少し細い。 「悪いな、新入り達の力量を量る為にも、今のところの仕事は殆どあいつらに回してしまった。暫らくは拠点の番犬をしていてくれ。」 いつきと呼ばれた女は少女に言う。 ワインレッドの長髪をなびかせて、灯丈乙姫は深い青い瞳を少女に向ける。 その瞳は笑おうとも、常に奥には鋭さが潜んでいた。 「わんわんっ。いつきがそういうのなら構わないけれど、わたし侵入者殺しちゃうとおもう」 「構わん、殺せ」 「おー」 その手には不釣り合いな鉤爪が2つ。 彼女の名はスカーレット・ローズ。暗黒街の第二のジャック・ザ・リッパー。 子犬のような少女は緋色の髪を揺らしながら、無邪気な笑顔でそう言った。 ―― スカーレット・ダンス ―― 「ぷー。ひまなのよー。ひまひまぷーなのよー。」 少女は一人抗議する。 郊外の廃工場。 その入り口で少女は空を見上げて歌うように口ずさむ。 ここは暗黒街の何でも屋、Purpurrot。 表向きは廃工場だがその地下は組織の拠点となっていた。 内は組織の者しか知らず、知ろうとした者はまずいない。この世に。 「ひまーひまー。ひまなのよー。はやく帰ってくるのよみんなー。」 Purpurrotで全ての人員が出はらう事などまずはない。 今日もそれぞれが自室で仕事をし、各々が殺しや資材調達に外に出て、加えて居候が少々。 いつもそれなりに賑やかなPurpurrotだが、珍しく今日は静かだった。 「ぷー。」 ベビーブルーの瞳が空を見上げる。 拠点にはごく少数しか残っていない。新入りも増えたPurpurrotが、それぞれの力量を計るためにメンバーのほとんどが新入りに同伴したためである。 「ぷー。ぷー。ぷーなのよー。」 コツ 「ひーま。ひーま。ひまなのよー。」 コツ 「いつきー。はやくー。帰ってくるのよー。」 コツ 「こんにちは。あなたはだぁれ?」 スカーレットは目をくりくりさせながら、足音の主へと無邪気に可愛く笑って聞いた。 「こんにちは可愛らしいお嬢さん。」 闇に溶けそうなダークレッドのスーツに巨大な帽子。足先がくるりとうねった奇抜な靴。ウェーブがかった銀に光る白い長髪を携えて、男は少女に優しい声で恭しく礼をする。 「私の名はクラウン。アプリコットマーファーの娘、ミス・スカーレット・ローズ。お会いできて光栄だ。」 怒った目の下にはハート。笑った目の下には涙。三日月の笑みを描いた大きな口。左右で違う異質な仮面をつけた男は、緋色の少女へ名乗りを上げた。 「なにかご用?仮面のおじさま。」 カチャリ。少女は姿勢を正して立ち上がる。 「いえいえ、大した用事では。ちょっとしたご挨拶に。」 「いつきはいないのよ。留守なのよ。」 カチャリ。少女は一歩男に近づく。 「おやおや、それはお教え下さりありがとう。しかしあなたにお会いしたいとも思っていました。第二のジャック・ザ・リッパーというほどのお方。一度直にお話したかった。」 カチャリ。少女の手がほんの少しだけ握られる。 「ありがとう。ならおじさま。わたしと少し――遊びましょう。」 カチャリ。少女は無邪気に、両の爪を振りかざす。 刹那――背後で破壊の音が炸裂した。 「!!」 爆音を背にスカーレットは振り向いた。 立ち上がる硝煙。それは間違いなくPurpurrot拠点が爆破された事を示している。 パチパチパチ 仮面の男が拍手を贈った。 「なかなかに綺麗な花火。あぁ、そういえばボスはいらっしゃらないそうですね。お教え下さりありがとう。そんな事は知っています。」 仮面が歪んで笑って見えた。 キィーンッ! 瞬間、男は持っていた杖で少女を受け止める。 「おやおや。」 細い腕から想像もできない鉤爪の連撃が、息をつく間もなく繰り出された。 右。左。回転からの上、下、右、下、また右。右左上下右右下下左右左上右左左。 その攻撃はさながら複雑なステップを交えたダンスのよう。 クラウンはそのダンスを杖で受けた。白き銀髪がはためき、きらきらと反射する光を撒きながら、彼もまた華麗なダンスを少女と踊る。 しかし全て避けれるわけでなく、肩をかすめ、腹をかすめ、いつしか無数の傷を体に刻んだ。 「アハハッ!アハハハハハッ!」 一瞬の跳躍で赤い少女は男と一度距離をとった。その動きは人間のそれではない。 「あハハハはハハハハははハハハハハハハっ!!」 少女は笑う。無邪気に笑う。楽しい、楽しいと無邪気に笑う。 その爪は、紅く濡れていた。 「フフフ。素晴らしい。家を焼かれようとも、その目が映すのは目の前の獲物のみですか。Mr.ヴァンドーラ、やはりあなたは素晴らしいモノを世に残した。」 「アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!!」 ギィンッ……! 青い空へ、銀色の線が6本舞った。 「ぁ…」 何が起こったのかわからない。あるハズの重さが一瞬でなくなった。体の一部が急に消え去り、少女は戸惑いと喪失感に目を大きく見開いて動きを止めた。 目の前には闇を纏った仮面の男。 改めて見上げたその顔は、ひどく歪んで笑っている。 男は呆然と立ち尽くしている少女へとぬっと長い手を伸ばし、 その指をいっぱいに広げ、少女の頭を優しく撫でた。 「お元気でミス・スカーレット。あなたの今後のご活躍、Mr.ヴァンドーラと同様に願っていますよ。オトヒメさんにどうぞよろしく。」 仮面の男はそう言って、ただ静かに、とても静かに姿を消した。 残ったのは、ぺたんと座った少女が一人と、地面に刺さった6本の爪。 立ち上がる煙がもくもくと、 青い空へと消えていく。 ―― END ―― |